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福島地方裁判所 昭和34年(行)1号 判決

原告 近藤コウ

被告 福島県知事

主文

被告が昭和三三年八月一二日、別紙目録記載の農地に対する原告の賃貸借解約許可申請につき、福島県指令農開第一九三七号をもつてした処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和三一年五月二日居村社地区農業委員会の承認を得て、その所有にかゝる別紙目録記載の農地(以下本件農地という)を訴外市川米次に賃貸期間を昭和三二年一二月二〇日までの二ケ年と定めて賃貸した。

二、そこで原告は昭和三三年五月九日被告に対し、市川米次との前記賃貸借契約の解約につき許可の申請をしたところ、被告は同年八月一二日福島県指令農開第一九三七号をもつて賃貸借契約の解約を許可しない旨処分し、同年九月二日原告に通知した。(原告はこれにつき同年一〇月中農林大臣に訴願したが、いまだ裁決はなされていない)

三  しかしながら、被告の右不許可処分は次の理由によつて違法である。

(1)  市川米次は昭和三一年二月一一日原告に対し、本件農地に対する従前の賃貸借を解約することを承諾したのであつたが、同年五月二日前示農業委員会のあつせんもあつたので、原告は市川米次が昭和三二年一二月二日限り必らず期限には返還する旨約したから、いわば一時賃貸の意味で本件賃貸借契約を締結したものである。

(2)  かりに一時賃貸借でないとしても、原告は昭和二四年頃から弟近藤幸三郎と共に独立世帯をもつて父近藤波蔵とは別居して農業を営んでいるものであるが、その耕作農地は四段四畝一四歩に過ぎないので、他に収入の見るべきものもないために、生活にも事欠く状態であるに反し、市川米次は田畑合計二町歩以上も耕作しておるのみならず、本業は屋根職であり、本件農地を耕作しなくとも、生活に支障を来すことはないのである。従つて曩に自作地の一部を他に売渡した事実もあるのであつて、居村でも上流の資産を有し、農業経営は専ら他人を雇つて行つたり、賃借地を他に転貸したりしているのであるから本件農地を原告に返還しても少しも生活に支障がない立場にある。

かような次第で原告が本件賃貸借を解約するにつき正当な事由があるのにかかわらず、被告が原告の許可申請を認容しなかつたのは違法であるから、これが取消を求める次第である、と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、

原告がその所有にかゝる本件農地を昭和三一年五月二日訴外市川米次に対し社地区農業委員会の承認を得て賃貸期間を同日から昭和三二年一二月二〇日までの二ケ年と定めて賃貸したこと、原告が昭和三三年五月九日被告に対し市川米次との前記賃貸借の解約許可申請をしたところ、被告が同年八月一二日これを不許可処分にして原告に通知し、右は同年九月二日に到達したこと、及び訴外市川米次が屋根職をしていることはいずれもこれを認めるが、原告と市川米次との間で昭和三一年二月一一日本件農地の賃貸借を合意解約し、昭和三二年一二月二日限り返還することの合議が成立していることは知らない、その余の原告主張事実は否認する。

一、本件農地は訴外大槻時之助所有当時の大正末頃から訴外市川米次において賃借小作しておるのであつて、その間株式会社岩瀬興業銀行、原告と所有者の変更はあつたが、昭和一四年二月一〇日原告がその所有権を取得した後も、市川米次は原告から引続き賃借小作して現在に至つているのであつて、原告はかつて一度も耕作したことはないのである。

二、原告は独立世帯を形成している世帯主ではなく、父波蔵と同居する波蔵の世帯員であつて、農業経営上の収支もあげて波蔵の計算に帰せしめているのである。波蔵は田三町一段八畝歩、畑六段歩余を耕作しておつて、家族は一〇人であるが、その耕作面積からみるも農村では大規模経営農家に属し、本件農地を耕作しなければ生活に困るというようなことはないのに反し、訴外市川米次の耕作面積は本件農地を含めて田一町二段九畝二七歩、畑六段一畝二歩、合計一町九段二九歩でその家族は八名(内農耕従事者は四名)であつて、生活にゆとりがあるものではないのであるから本件農地を返還するということになれば一家の生計に支障を来すことは明らかである。なお市川米次が屋根職に従事するのは農閑期において、ときどき行う程度であつて、屋根職を本業としているものではなく、一家の生計は専ら農業に依存しているのである。しかのみならず、生産向上という見地に立つてみても波蔵が耕作するときは、同人の耕作面積が多いのであるから充分手入が行き届かず、市川米次において耕作するよりは生産が減少することは明らかである。

三、かりに原告が独立世帯であつたとしても、原告の耕作面積は田七段三畝六歩であり、その家族数(二名)からみて、市川米次の耕作面積、家族数と比較すれば必らずしも原告の耕作面積が少ないということはないのである、と述べた。

(証拠省略)

理由

原告がその所有にかゝる本件農地を昭和三一年五月二日居村社地区農業委員会の承認を得て、訴外市川米次に賃貸期間を昭和三二年一二月二〇日までの二ケ年と定めて賃貸したこと及び原告は昭和三三年五月九日被告に対し市川米次との前記賃貸借の解約許可申請をしたところ、被告は同年八月一二日不許可の処分をなし、同年九月二日その決定書が原告に送達されたことは当事者間に争がない。

而して成立に争のない甲第一、三、六、七、一二号証、乙第一ないし第四号証、第七ないし第九号証、被告が市川米次の署名、押印の成立を認めるから全部真正に成立したと認める甲第四号証、証人近藤波蔵、近藤幸三郎、市川米次(後記信用しない部分を除く)の各証言、検証及び原告本人尋問(第一、二回)の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、

一、本件農地はもともと原告の父近藤波蔵において、幼時より身体が弱く他に嫁ぐことも考えられなかつた原告のため、将来原告が農業によつて生計を立てゝ行けるようにとの配慮から、昭和一四年頃訴外株式会社岩瀬興業銀行より原告名義で買受けて贈与したものであつて、当時耕作者たる市川米次との間に原告が波蔵の許を離れて独立するときは返還して貰うことの約旨の下に同人に賃貸小作させていたものであること。

二、原告は昭和二四年頃父波蔵方居宅の東方約一〇〇米にある間口九間四尺、奥行四間半の木造草葺平屋建居宅を買受け、弟幸三郎と共に波蔵等と別居して独立世帯を持つようになつたので、爾来市川米次に対し屡々本件農地の返還を求めて来たところ、同人は昭和三一年二月初め頃原告に対し、訴外加藤某に賃貸してある所有田一段二畝歩余は昭和三三年度までに返還してもらえることになつているので、これを返して貰つた時は本件農地を返還するから、それまで猶予されたいと懇請したので、原告はこれを承諾し、同月一一日市川米次をして本件農地を昭和三二年一二月二日限りきつと離作して原告に返還することの証書(甲第四号証)を差入れしめたこと。

三、そこで原告はその頃居村社地区農業委員会に対し、右約旨に従う契約書の作成を具申した結果、同委員会は昭和三一年五月二日当事者双方の意見を徴した上、改めて賃貸借期間を昭和三二年一二月二〇日までの二ケ年と定める旨の賃貸借契約書を作成せしめたものであること(社地区農業委員会の承認を得て本件農地を昭和三一年五月二日から昭和三二年一二月二〇日までの二ケ年の期間で賃貸したということについては当事者間に争がない)。

四、市川米次は昭和三二年一二月頃加藤某から前記賃貸中の田一段二畝歩余の返還をうけ、爾来これを耕作しているのであるから、本件農地を返還しても甲第一号証作成当時とその耕作面積には差異を生ずるという程ではないこと。

五、原告は弟幸三郎と共に日常の経済生活は勿論、農業経営においても父波蔵とは別個に行つていること。

六、原告方の耕作面積は約六段三畝歩で家族は原告と弟幸三郎の二人であるが、波蔵と別居した後は専ら農業によつて生計を立てゝいるものであること。

七、市川米次の耕作面積は田一町二段九畝二七歩、畑六段一畝二歩、合計一町九段二九歩でその家族は同人、妻セツ、長男啓、その妻美喜及びその子四人(二才、八才、六才、三才)の八名であるが、農業の傍ら屋根職もしておるので、充分生活の安定を得ているのであるから、本件農地を原告に返還しても敢えて、生活に不安を招来するということにはならないこと。

八、本件農地を原告が耕作することによつて、とくに生産が減少するとは考えられないこと。

九、父波蔵は現在その家族と共に原告方に起居しているけれども、右は波蔵の居住家屋は間口八間、奥行四間の木造草葺平家建居宅であるが、相当程度朽廃し、昭和三三年の台風によつて北方に傾斜して後は倒壊に頻し、危険で居住できなくなつたので、新築するのやむなきに至つた為、その間一時原告方に起居しているのであつて、現に良好な資材を以て建築にとりかゝつておるのであるから、完成の暁には名実共に別居するものと認められること。

等をそれぞれ認めることができる。安田俊和の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし採用することができないし、乙第一〇号証、第一三、一四号証はいまだ以て右認定を左右するに足らない。他に前示認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定のような事実関係においては、原告が市川米次に対し本件農地につき前叙賃貸借契約を解約するにつき正当な事由があるものと解するのが相当であるから、被告が本件賃貸借契約の解約許可申請を許可しなかつたのは違法である。よつて、これが取消を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 大政正一 軍司猛)

(別紙物件目録省略)

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